Laundry Land

あれこれ

「ぽたり」

浪人の結果、東京に留まることになった。
目標と言えるものが、1つだけあった。
少しの自信があった。人とは違うという自負も少しあった。
みんなそうじゃないですか。そろそろ僕ら、それに向き合って然るべき時期じゃないですか。
まあ、僕ら、なんて言ったけど、大学に入ったときは、ずっと1人で、目標と、少しの自信と、向き合って行くことになるだろうと思っていましたけど。不思議なもんですね。


だから、大学生活の大きな節目を、UBCというサークルから引退する時に感じるなんて。
誰かと何かをやる、誰かと同じものを目指す。そんなことになるなんて。というか、終わった今でも不思議だ。何が起こるかわからないもんですね。
でもまあ、1人でどう頑張ろうかを考えるところから始まったから。この人のようになりたい、この人の目指したものを俺も目指そう、なんてことは結局なかった。すごいなあと思った人は片手で十分数えられる。(これは、なんかまあ残念だけど、まあ順当にそうなった。1人だけ頭の上がらない人と会えたな、でも。俺は肺に穴あけないようにしたいけども。)

それでよかった。それだけやっぱり、やりたいことがあった。信じていたもの、いや。お守りにしていたことがあった。2つ。
1つは、ヒグチアイというアーティストの歌と言葉、彼女の音楽を聴いていた時間。
1つは、企画を打ちたいという憧れ。
支配、という言葉ではない。ただずっとあった。戻って来れる記憶と気持ちとしてずっとあった。

***

聞く音楽も、行くライブも変わった。
ROCK STEADY WASEDAというサークルで2本の企画に関わった。そのうちの1つは、1人で、完全に自分の理想を追求して形にできた。
だから、去年の四月に目標は叶えられていたわけで、過去の自分に申し訳なさそうにする必要もなくなった。自分はできるんだという自信にも満足をやれた。あの時もうすでに、それを評価してくれる人にも恵めれていた。
満足していた。
叶えてしまったら、焦りも無くなっていた。
自分の中のお守りに照らし合わせても、大切にしていたことを無価値にしてしまうようなことはしなかったから、これから先も大切なものとして付き合っていけると思っていた。

それが、今回、完全に叶ってしまった。
明石家サンタに電話をかけなくても夢は完璧な形で叶う。違う。これはふざけたくない。明石家サンタ無し。

***

高校一年生の時に渋谷gee-geというライブハウスでたまたまステージに立っていたアーティスト。人生初めてのライブハウスだった。
一年後
渋谷の7th floorで、確かに言った。いつか企画をするから、出てくださいと言った。
あの時の自分の言葉と、五年付き合い続けてきた。人に話すようなことでもなくて、ただ大切にしていた。
それが、あの雨の中、完全に昇華していった。すごかった。あの時の気持ちは、すごかった。
俺は大学三年生になっていた。

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聞き取りづらい雨の中、確かに聞いた。うろ覚えだけど。
"私はいろんなライブに出演してきたけど、出演するということは、私を呼んでくれる人がいるということで。今日私を呼んでくれた人のことは、私は覚えていて。多分5年くらい前に、将来こういうことをやりたいと伝えてくれて。その人は、ずっと頑張っていたから、今日がある。私は、この5年ずっと頑張れるていることがあるのかなと思いました。そんな気持ちだった、東京に出てきた時の曲を"
そして、「東京」を歌った。
あの日、初めてヒグチアイを見た人がたくさんいたと思うけど、あの日のヒグチアイのライブは本当にすごかった。
広い会場でたった1人なのに、彼女の言葉は全員に届いて、ピアノから手を離す一挙手一投足に全員が注目していた。(ただうるせえOBども数人を除いて。こういうところが本当に嫌いなんだ俺は。いや、これはまた違う話になるごめん。)
力強かった。ヒグチアイも、この五年間(プロとしてはもっとだけど)活動し続けていたからそりゃそうなんだけど。
忘れられない過去が1つある。
"このアルバムができるまでに、辞めてしまおう思ったことがあった" という内容も含んだ手紙が、そのツアーで来場者に配られた。アーティストが活動を続ける尊さに、この時曖昧ながら気づいた。こんなすごい人が、いなくなってたまるか。万が一にも辞めないうちに、俺頑張らなきゃ。と思った。浪人したけど。

あの日、出番終わりに少し話せた。
また「すごい」と言ってくれた。この日の前に、一度挨拶させてもらった時にも言われた言葉。あのときは、違う、あなたに言って欲しいのはその言葉じゃない。と思った。
そう伝えたら、「でも、すごいと思われるのはそれが人からの評価だから。それでいいんだと思う。君自身は、それを当たり前のことのようにやってきたから、そう思うのかもね」「こんなことやりたいと言ったのは覚えてるし、そう言う人は沢山いるけど実際やる人は少ないから」そんなことを言ってくれた。また新しいことを教わった。あと、とても嬉しかった。

最後に、アルバムにサインを貰った。
一番新しいアルバムには、あの日演奏しなかった「ぽたり」という曲が入っている。古い曲だ。初めて見に行ったライブで演奏していた。
平成元年生まれのアイさんが21歳のときに書いた。あのとき俺は16歳。今、22歳。一番好きな曲になった。(この曲が入ったデモの最後の一枚を買った日に想いを伝えた、というのは出来過ぎかしら)
歌詞カードの最後に本人の解説がついている。
「螺旋階段のように上から見たら同じところを回っているようでも、実はだんだんと上に上がっている。そう思いたい! と思って書いた。そうだ! とは思っていなかった。」

俺はヒグチアイの言葉にかなり影響を受けているな、と改めて思った。ぐるぐる回る、繰り返し。身に覚えのある感覚だった。
そして、あの曲を初めて聞いてから6年。
最初は退屈な曲だなあと思っていた曲。
歌詞カードにある"そうだ! " ということを、なんと本人に直接言ってもらえた気がする。
この5年、同じところを回っている滑稽さ、もどかしさ、バカらしさをずっと抱えていたけど、(このブログだってそれがテーマだったりする) 実は上に進んで来れていたのかもしれない。
そう、思った。ありがとうございます。

ステージでは小山田壮平が最後の曲を歌い終えるところだった。終わりだ。と思った。


***


CRCK/LCKS と出会って1つ変わった。
ラクラ、TAMTAM、MISTAKES、Gi Gi Giraffe、RAMMELLS、ZA FEEDO、 Nao Kawamura、YOUR ROMANCE、ものんくる
そして、ヒグチアイ。
オファーをかけて、出演してもらった。
何を思い残すことがある。
彼らが活動を続ける限り、俺はこれからもフロアで好きに眺められる。

ヒグチアイという、特別な存在と、直接関わることは多分これが最初で最後だ。それでいい。充分。そのうちまたやりたいことができたらいいな、と思う。それが螺旋階段だとしても、悩まないで済む。それだけの勇気をもらった。そして、その間もずっと、あの人の歌と言葉はお守りでいてくれる。

***

完全な誤算としては、
自分勝手な俺を認めてくれた先輩、直視してくれた後輩、受け入れた同期がいた。

過去は美化される。
もう全て過去のことになった。どう頑張ってもしがみつけない。
でも、いつでも、そこにあるだけでいいじゃない。
あの日、個人的な部分(組織としては、いくらでも反省がある)では、"今"のうちにやり切れたと思えてるな。と思った。その上で、満足できる過去の思い出にできる。
よかった。

大学生になる前の時間からの、大きな節目が、大学生活の大きな節目にもなった。
これ以上何がある。
よくやったぜ。
それくらいは許していいですか。
サンキュー
ありがとうございました。

 

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***

マローネで書いた。
少しだけ涙が出たからママが不思議な顔して見てきた。
先なんて、全然無理そうです。
"まだ" と言える余裕も、もちろんないです。

どうしようもねえな。やっぱり。

平成30年。最後。

今年の仮面ライダー知ってる?
仮面ライダージオウ』ってんだけど。まず"平成仮面ライダー"って括りがあってさ、2000年のクウガから始まったそのラストが平成30年のジオウなのよ。

仮面ライダーって玩具の売り上げに相当重心を置くから、変身ベルトとかそれに付随する小道具とか、グッズにできる細々したものが登場するんだけど。そいつらを魅力的に見せるために、仮面ライダーにはそれぞれのコンセプトがあるわけさ。
ケータイ(555)、メダル(オーズ)、メモリ(W)、ボトル(ビルド) みたいな。

じゃあジオウは、っていうと「ライドウォッチ」という時計モチーフのギアが登場するんだ。
「ジオウ」=「時王」
この仮面ライダーは、タイムワープして乱れた時を正して、彼自身が時の王者オーマジオウとして西暦2068年の成果を支配する未来に向かって進んでいく物語。

平成30年、最後の平成ライダーとして彼の特徴は、このライドウォッチで過去の平成ライダー達の力を引き出せるところ。
彼自身もちろん変身した姿があるけど、さらにそこから先輩ライダーモチーフのライドウォッチを使ってもう一段階変身できる。
完全に過去ライダーの姿に変身できた『仮面ライダー ディケイド』と違うのは、あくまで過去ライダーを象徴するパーツを全身に装備するというところで(仮面ライダー○○モード みたいな) これから先、懐かしの平成ライダーたちが次々再登場していく総決算ライダーなわけだ、ジオウは。

ディケイドは10周年記念ライダーで、今までのライダーがいる世界は全て並行世界だと定義した上で、その世界を旅するロードムービーだった。だけど、その定義以外は実際のところ曖昧で、それ以降複数のライダーが登場する劇場版は多く作られてきた。
ここで、さっき行った玩具売り上げが出てくる。要はリバイバル作品を作ることなく、過去ライダーをちびっこに見せることで商品売り上げを底上げしようとする戦略。
これは大正解だったわけだ。

仮面ライダー 電王』のように過去にも時間を行き来するライダーはいたわけだから、なんだかんだ行き当たりばったりの戦略展開とも言える。
(仮面ライダー、バカにすることなかれ。今の日本で一年間の連続ドラマというのは、仮面ライダースーパー戦隊大河ドラマだけなんだぜ。)
それでもヒットするのは、リバイバルの強さが理屈を超えた興奮をファン心理にもたらすからだろうね。
るろうに剣心』だって良太郎vsアンクと見たらもうそうとしか見れない。

ジオウもその直接リバイバル作戦に一手間加えた"過去ライダーモチーフ"という新しい姿で、記念すべき平成ラストライダーの成功を約束したような存在というわけだ。

 

さて、何が言いたいかっていうとさ、
仮面ライダージオウ』あれが9/2(日)が初回だったんだけどさ、いやあ、9/1にサークルのイベントがあってさ、その打ち上げが朝まであったせいで見れなかったんだよ。
まったくやってらんねえよな!!!
サークルのせいでさあ!!
平成ライダーラストの初回見逃しちまったよ!!

 

 

 

 

 

 



ごめん。なんの興味もない。仮面ライダー

何の気も紛れない。

ほんと、すみませんでした。

斯々然々(8月末)

面白かったテレビや、本や、調子のいい音楽や、ライブ。気に入ったセリフや言葉なんかはなるべくメモっておいて、溜まった頃に発散してきたこのブログの更新がしばらくなかった。
最近こいつ全然更新しねえなあ、と他人事みたいに思ってたけど、別に他人事ではないなあ、と思う今もなぜか他人事である。
(てつや)

とまあ、こんな書き方に見覚えのある人は流石にいないと思うが、東海オンエアの動画概要欄である。
そう。テレビも、本も、映画も、音楽も、ライブも、ラジオも。ポップカルチャー全般とめっきり顔を合わせなくなり、YouTubeばかり見ていた。
東海オンエアばかり見ていた。
ダメだこりゃ。

 

ああ、その本は読んだ。

だめだこりゃ (新潮文庫)

だめだこりゃ (新潮文庫)

 

日本で初めてストラトのベースを抱えたのはいかりや長介らしい。
というかそもそも、ドリフターズがバンドで、ビートルズ武道館ライブの前座を務めたこと、志村けんが二期生で荒井注の後釜であること。そんなことを知っている同世代はどれだけいるのだろう。別に知ってたからなんだって話ではあるけど。

ビートルズの武道館ライブといえば、こんなのも読んだ。

イエスタデイ・ワンス・モア〈Part2〉―ミート・ザ・ビートルズ (新潮文庫)
 

東海オンエアの概要欄以外の文章を読んでいたことに驚いている。何も頭に入っていないで読み終わっていたらしい。

そんな自堕落な生活をしている自分よりもっと自堕落な生活をしているであろう高校の同級生がいたな、と思いついて久しぶりに電話してみたら石川県の旅館で住み込みのバイトをしていた。自堕落な奴というのは発作的に何かを始めるものだ。年末のマラソンにも登録したらしい。嬬恋のキャベツ農家には落とされたらしい。
蒼井優がそんな映画をやっていた。

ああ、あと一枚だけどCDを買った。

スモール・ホール・クラシック

スモール・ホール・クラシック

 

Apple Musicになかったけど、どうしても聴きたくなってしまったので久しぶりにディスクユニオンに行ったらあった。
650円で買ったけど後から調べたら廃盤だったらしくてアマゾンで1万円だった。もっと詳しく調べたら多分そんなことは無いんだろうけど、ちょっと嬉しかったから得な買い物をしたということにする。
ジャムのBGMで流すことにする。

そう。ジャムというか、当日。本番。引退。
なんと形容したらいいのか分からないが、それが近づいている。というか明後日にある。
チケットは完売した。
解禁ツイートが解禁日に500イイネされた時点で何か浮き足立っていたけど、結局その数は1000まで伸びて、ナタリーにもYahoo!にも取り上げられて、前売り券も完売。
参った。
手放しで喜ぶだとか、ましてや自慢できるようなことではないことは分かっているから、変な気持ちになる。

イベントを企画すること、についてはいくらでも向き合えると思ってきたけど、これはなんだか話が違う。
どんな結果になってもきちんと振り返る責任があるというのは理解してやってきたが、下手に成功の予感がチラついてからもうダメらしい。やわいもので、評価は後輩任せになりそうな気もする。

そういえば、七、八年ぶりに従姉妹に会った。最後に会ったときの自分はガリガリの茶髪中学生で、この前はガリガリのだらしない大学生だった。彼女達は1つ違いの姉妹なのだけど、名前がいいと思ってる。2人合わせて漫才師みたいな名前なのだ。
いとしこいしみたいな。

いとしこいし 漫才の世界

いとしこいし 漫才の世界

 

 

YouTubeにもそろそろ飽きた。少し詳しくなった気がする。少し詳しくなったら本を書けるんだなあ、という本を昨日親父が買ってきた。

一枚もウロコが落ちることはなかったけど、やっぱりテレビの求心力というか、人はテレビに関心を持ち続けるんだなあと思った。
『6人のテレビ局員と1人の千原ジュニア』が見たい。誰か持ってたら貸して欲しい。
目からウロコと言えば、そういや目が悪くなったから眼鏡を買わなければいけない。コンタクトは怖いから嫌だ。
両目2.0の視力が今さら下がったのは、間違いなくYouTubeの見過ぎである。

 

追記

BGMというのはつまり、音源をCDに焼いてPAさんに渡さなければいけないから、自然と昔ツタヤに行っていた時の音楽を振り返って聞いてる。中学生の時に買った小さなアイポッドを久しぶりに引っ張り出して、聴きながら歩いていると、どうしたってエモい。ハヌマーンが鼻の奥を刺激する。

 

俺はあんたの口癖も知らねえけど。

おめえ、そういえば結局留学はしないんだな?いやいいんだ、別に。しろって言ってるわけじゃない。したいなら金は出してやるし、このまま就活しても全然いい。だけどお前はさ、大学で胸を張れるものはあるのか?就活だなんだ言ってるけどな、そんな甘くねえぞ。お前のことを分かって、求めてくれる企業なんてそうそうない。お前なんて、ぜってえ落ちまくるからな、ぜってえ。悪いけど先に言っとく。悪いけどな、そこは覚悟しとけよ。
お前は昔から、才能はあるけど努力はしなかった。そうだろう?努力したことないだろう?
まあ、せいぜい頑張るんだな。

ビール二杯で機嫌がいいな、久しぶりに喋りかけてきやがって。
クソ親父め。
くそったれ。
俺か?お前は。
俺が俺と喋ってるのか?
なぜ分かる?
悔しいこと、曖昧にして逃げていること、切り捨てて辞めたこと、全部突いてくるのはやめろ、的確に。
俺のことは俺が一番分かってんだ全部。
なんでおめえに言われなきゃならねえ。話してもないおめえに知られてなきゃならねえ。

いや。。違うか。
俺がお前なんだな。
そんなに話もしてこなかったのに、なんであんたの考え方に似たんだろうな。流石に俺に何を思っているかは分からないけど、あんたが同僚・後輩にどう接しているか、なぜだか手に取るようにわかる。
声も、口調も、結局はあんたに似たらしい、婆ちゃんが毎回間違える。
野田秀樹も、菊地成孔も、小林信彦も、ドリフも寅さんも全部あんたの本棚にあった。
くそったれ。本当にくそったれ。
くそったれ。
俺はできる。
自信しかない。
お前にできたことは全部できる。
そうに決まってる。
だってあんたにできたんだから。
俺ができないはずがない。
見てろこの野郎。
負けてたまるかくそが。

斯々然々(7/7〜8/7)

怒ってるのか悲しんでるのかブチ上がってるかわからない。汗が垂れて蝉が聞こえて、いつもより煙草が煙くて苦い喫煙所で、何を言っているかわからない黒人のラップをずっと聴いている。
バックバンドはクールにビートキープ
Hot & Cool
激辛チキンとジンジャエール
汗と煙
試験勉強と缶チューハイ
短パンとジャケット
お前の部屋で消火器ぶっ放してやろうか
Freestyleなんて嘘
全部予定と締め切りが支配する
総武線の悪臭とババアの化粧
新小岩へ、有人在来線爆弾が走る
シンゴジラめ。早稲田を踏み潰してくれ。

Freestyle

Freestyle

  • Steve Coleman & Metrics
  • ジャズ

好きなもの以外はクソくだらねえつまらねえと思っても、問題なく過ごせる。
そう思いつつ、大切なものが増えている。

今年も野音で夏を楽しむとEGO-WRAPPIN'に約束してきた。
冷房の壊れた倒れこみそうなMARZで、自分の大学生活が始まった日のことを思い出した。CRCK/LCKSがきっかけだった。
今はもう、終わる日が見えている。
サークルの引退がちらついてから、何かが焦げ付いて止まってしまう不安がずっとある。
知識も熱量もプライドもそろそろ時間切れになる。
夏が始まってしまった。

***

ぼんやりした夜。
期末試験期間、ファミレスに向かう。
ファミレスで一夜漬けをするか、ファミレスで生まれた東京03のネタの台本をひたすら書き起こすことで、東京03のネタをファミレスに帰すか、どっちが重要かを考えながら歩く。人様のネタを放流して初めて、ファミレスは知識を与えてくれる。
結局、五月から終日全面禁煙という張り紙から逃げるように池袋まで行く。
伯爵は24時間営業なんだぜ。
日曜だけは23時閉店だったぜ。
それはただの気分さ。

夜の終わりに その頂上で腰を下ろして
弱り切った声で 話を聞かせて
想い忘れたことがあったから
みんなからの哀しい御厚意に疲れたから
君の一番疲れた顔が見たい
誰にも空いたくない顔のそばにいたい
それはただの気分さ それはただの想いさ
それはただの気分さ それはただの想いさ

6分半で歌詞はこれだけ。
夜になってもお湯に薄皮を張ったような埼京線のホーム。イヤホンから流れる音が体の浸透圧を下げる、夜が溶ける。
向かいのホームに安藤サクラがいた。
やばい、ポカリ飲まなきゃ。
いや、あれはイオンウォーター

暑い夜は鉄板を囲め。
月島もんじゃロード
蒸した空気も鉄板で焼いて、ヘラで少しずつ口に運ぶ。汗をかいた分ビールを飲む。

***

leave me alone
女。漢字でくノ一、ネオンの下のナオン、お茶割りを飲むねーちゃん。台所でタバコを吸うのも、切れた歯磨き粉を買いに行くのも、ステージで歌を歌うことも、全ては生活の延長で、だけど光を帯びる瞬間はいつも魅力的だ。

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言葉で形容すべきものと、形容されたいものがあるように。ただの形容詞に過ぎない時がある。
まあ強いて言うなら。
華々しい、か、華らしい。

you've got a strange effect on me
And I like it

This Strange Effect

This Strange Effect

  • The Shacks
  • ヴォーカル
  • ¥150

***

二週間という単位がある。
Aマッソ加納のコラムが更新されるのを待つ時間を指す。

ツイッターでユーモアの限界という言葉を見て怖くなった。
日出郎がダウンタウン汁に出た回を見る。
ついでにキャシー塚本のネタを何個か見る。
その再現モノマネを見て一人冷房の効いた部屋で唸る。
ゴットタンの川島スリーを見る。
先週の放送でナイチンゲールダンスというコンビを知った。さっさとテレビに出て欲しい。

ヤスはORANGE RANGEが好きらしい
四千頭身SCANDALが好きだ
杉咲花はしゃべくり007のラジオDJコントでサラバーズを選曲していた。
マジ歌ライブに行きましたとmiwaがNHKでニコニコ答えていた。

それを下北沢のラーメン屋で見ていた。

ライブの帰りで、頭は働いてなかった。
やりたいことを、ちゃんとできて、すごい。
こんなちゃんとしたものを。すごい。
三年ぶりに話したあの人はそう言ってくれた。でも、あなたに言ってもらいたいのはそうじゃない。と思った2秒後くらいに自分のこの人への気持ちはかなり歪なんだと思って、そこからしばらく宙に浮いた気持ちになった。
その人のおかげ、という思いが強すぎる人と距離が縮まることはない。自分の気持ちを考えて、どんな口調どんな文章でそれを伝えるか。無意識な手本であり続けていた人。
夢が叶う、と形容をしていいことではあると思う。でも、事実だけらしい。満足できるほど、ガキではなかったようだ。

***

sugAA

sugAA

  • Tohji
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥200

何を言ってるかが分かる。
そしてなんでかやっぱり、何を言ってるかが分かる。何語なのかということじゃない。育った環境は大きいのかもしれないと、もしかしたら初めて、思った。

面白いかつまらないか。かっこいいかダサいか。満足か不満か。それ以外は関係ない。それが分かってねえ奴らに限ってたくさん喋る。

これは間違っていますか。
自分の価値はどこにあるんだろう。
世界を肯定しようとする強さはどれだけ大切なんだろう。

自分を好きだと言ってくれる人がいる。
自分を嫌いだと言ってくれる人はいない。
馬鹿だろうが阿呆だろうが惨めだろうがいいと思うのは諦めですか。それじゃダメですか。
それは違う、俺はそんなことはしない、お前が変われ。そんな尺度を持って安心しているのは悲しいことですか。
すごいね、と言われて胸が詰まるのは自分が弱いからですか。


今年もバナナマンライブには行けなかった。バナナムーンも聴かなくなった。
"夏"というコントを見る。

「あの夏の日、僕たちは計画を変更して大人になることを決意した」
設楽さんのナレーションで暗転する。
田舎のガキの、夏休みのコント。

念のため短くしてみた前髪は、インターンに応募するどころか証明写真すら取らないまま、もとあったところまで伸びた。

計画も変更も決意もないまま

夏休み。22歳になった。

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『BOAT』作・演出 藤田貴大(マームとジプシー)

この世界を、どうしたら肯定できるか。
現在、そんなことを考えている人がどれだけいるだろうか。
世界という大きいものについて考えることを、自分は辞めた。辞めたというと都合がいいから、考えたこともなかった。かもしれない。
あなたは、世界に関心を払わなくなってどれくらい経ちますか。それとも今なお、この世界に怒り、祈っていますか。
どんなことが起ころうとも、世界は滞りなく動いているから。雰囲気を感じているだけで、怒ることも祈ることも辞めて。半径が測れる暮らしを大切だと思って、人に関心を払うことすら、辞めてはいないですか。

そんな、自分に流れる時間は長くて、世界はますます行き詰まって行く気がしていました。

***

BOAT
作・演出 藤田貴大(マームとジプシー)

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"土地は、
ボートによって発見された。流れ着いた人々は、そこで暮らし、子孫を反映させた。
現在も、
海岸にはときどき、ボートが漂着する。しかし、人々はそのことにもう関心がない。
ある日、
上空は、ボートで埋め尽くされた。その意味を知らないまま、人々は慌てふためく。
人々は、
ふたたび、ボートに乗って、ここではない土地を、海より向こうを目指すのだった。"  (あらすじ)

***

劇中のセリフを引用しつつ話を追う。
(本作は7/26で千秋楽を迎えた。9/3にNHK BSプレミアムで放送される。)

自分たちはこの土地の人間だ。ここに漂う雰囲気を知っている。そう言う人々がいて、その土地に漂着する余所者がいる。誰かを待つ人がいて、患う人がいて、その土地で死ぬ人がいる。この土地に出入りするにはボートに乗るしかなくて、なんの変化もない街に観光に来る人はいない。
この土地の人間ではない余所者は、どこを歩いても居場所はなくて、人々はボートに関心がない。でも、もともとみんな余所者じゃん。この土地も、もともと誰のものでもなかったじゃん。じゃあ、余所者ってなんだろう。
上空がボートで埋め尽くされる。
昨日まで安心していた私たちは、一体何に安心していたのだろう。そもそも人間はこうだった。私というのは本当はどこにもいなくて、余所者だからと、ボートに乗る権利がないからと、殺された彼も、もしかしたら僕だったのかもしれない。
名前のない世界。余所者なんていない。つまり、私は1人。私が私であるように、誰かが私になるのだろう。
その土地に残る人がいる。
私たちは逃げる。
私たちがボートに乗ってこの土地を出るとき。それは人々が海に背を向けるとき。
街の劇場が燃えている。
そこには、舞台も客席もない。言葉もない。時代だけが存在した。
もう、一度しか言わない。
これは、祈りなんかじゃない。
繰り返さない。
未来は、あるか。

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この最後のシーンは、ボートに乗った除け者(青柳いづみ)が叫びながら海に出るところ。
舞台もない、客席もない。
そう叫ぶとき、ステージの幕は降りていて、幕から出たボートと、それに乗った3人と、観客しかない空間がある。
そんなメタ的展開で舞台は終わる。

 

観客はボートに乗って劇場を出たのだ。
そのボートはどこかの海岸に漂着する。
そこには、その土地の雰囲気を知る人々がいて、自分は余所者になる。
わざわざ来る人などいない、出るのも、入るのも、ボートしかない、そんな土地へ、
死んだ人もボートで流される、そんな海を渡って。
いつか、自分の後にボートで漂着する人がいる。
再び、ボートが空を埋め尽くしたとき。
また、繰り返されるのだろうか。
自分はその地に残るか、逃げるか。
そのとき、未来は?

 

***

 

藤田さんはこの作品できっと、
この世界を、どうしたら、肯定できるか。
その問いを劇場に来た人に届けた。
少しクサい手法ではあるけれど、展開の少ない2時間弱の芝居を通した後のこの問いは、直接的な綺麗事とは言えなかった。
面白い芝居を観れたらアタリ。
目当ての俳優を見れて満足。
おそらく『BOAT』はその次元ではない。
劇場に来ること。
そのものの意味について、今の藤田さんの答えだと感じた。
劇場に無いもの、劇場にいない人たちによって、世界は動かされているのかもしれない。
それを踏まえて作られた。
"終わりのないはなしを、なるべく言葉を急がないように、曖昧さを、おおく残しながら。全体が滞りなく動き続ける。まるで生命をつくる感じで。どこまで届くだろう"
(パンフレットより)

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この世界を、どうしたら、肯定できるか。
考えてみる勇気を、持たないといけないのかもしれない。たまたま与えられた自分の役割に甘んじることは危険で、それは自分と世界は切り離すことができないからなんだ。
そう感じながら、劇場を出た。

 

***

 

マームとジプシーは二度目の観劇。
・複数の人、物が流動的に、そしてある程度均等に配置されて、それぞれから発せられる一方向の言葉が、流れ・揺らぎを生んていく。
・時間軸を行き来する特定の台詞(リフレインというらしい)もその流れを推し進める。
・音楽の使い方に凝っている(前回は舞台上でドラマーが生演奏をしていた)

そんな演出はおそらく"らしさ"だと思う。
大きな挑戦もしていたらしい(自分は比較できないけれど。)
BOAT』は「芸劇×藤田2018」と題された作品群の第1弾。
そのインタビューで藤田さんは

"僕は劇作家だからちゃんと演劇を進行させるために言葉を書いてきたけど、例えば3行あるセリフを1行にできないかとか、言葉じゃないところでやれないかってことをずっと考えてて。その中で、僕がやりたいのは意味を言うためにセリフを言うことじゃなくて、叫びなんじゃないか"
"「全部風景だった」って実はそれ、演出家がみんな目指すところなんじゃないかなと思ったんです。舞台の中には、ヒエラルキーがあるものもあるじゃないですか。主人公がいたり、あるいはキャストの番手が歴然と決まっていたり。それはそれでいいと思うんだけど、プレイハウスのような抜けのいい空間って野外フェスのような感じで、すごく気持ちいいものだと思うから、「この人が観たい」じゃなくて「この人々が観たい」「この風景が観たい」って感じになったらいい"(https://natalie.mu/stage/pp/boat)

と話している。
物語を縁取る言葉を削って、戯曲だから、という流れを抑えた作品だとは感じた。
これは、ただの "らしさ" ではなかったらしい。
たしかに、『BOAT』に大きな展開はない。あらすじで説明された内容が全てだった。

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ボートが上空を埋め尽くすとき、実際にボートを釣り上げたり、大きなパネルを流動的に動かすことでシーンを作り出すような演出も、広いプレイハウスならではのものだった。

***

「芸劇×藤田2018」の第2作として、秋に『書を捨てよ町へ出よう』が公開される。映画・小説を見ても、まだ自分の中に落ちついていない寺山修司の代表作。
しっかり予習して、また劇場に行くのを楽しみにしてます。

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病は気から。

現代における早稲田のあり方とは何か?
早稲田周辺の飲食店に通い詰めることで己のアイデンティティを見出すこと?まさか。
スマホばかり見ている危篤野郎によって失われつつある早稲田魂を立看と共にレコンキスタすること?まさかまさか。
早稲祭中止や早大紛争を肴にそこそこの人数とそこそこのモラルで飲み会を開催すること?まさかまさかまさか。
早稲田を冠した見出しで炎上するニュースの多いこと多いこと。
大隈銅像の前で何かしらの出し物をする団体の多いこと多いこと。
早稲田を考えたら視野が広がった、なんて勘違いを拡散しようとするサークル優等生の多いこと多いこと。
間接的な拡散、生もゴムも、大隈も田中あるもんかの世界。
ワセダの皆さま、拡散される前に尻尾巻いて帰った方が良さそうですが、そちら如何お過ごしですか。

 

なんて。
丸パクリであれよあれよと。早稲田熱の流行と聞きましたが皆さま体調如何ですか?私もかかってしまったようで、、
え、そんなもの無い?いっときのブームかフェイクニュース?いやそんなはずがないだって俺が現にかかってんだから!いや、、困ったな。でもまあ、ブームで結構、いいじゃないですか。ブームに乗りたくてモジモジしてる人なんていくらでもいるんですから、手前が作ってやるって動いてくれるだけで有り難がらなきゃダメでしょう。巻かれるも叩かれるもブームなら仕方ない。残ったものの勝ちですよ。


と、そんなことより、アイツに貸した扇風機はまだ返ってこない。アイツに吹かした先輩風でこっちが風邪を引きそう。そんな強火にかける必要なもいですか、目玉焼きくらいならアスファルトで事足りますね。

流行りものに乗っかった見出しをつけりゃなんでもバズる現代社会と言えど、個人のブログがバズる必要性と可能性は何対何ですかね。素麺を頂くには薄過ぎる、でもバーカンで出されるには濃過ぎる、そんなもんでしょうか。さながら悪質タックルってやつだ。
長いものには巻かれましょう、長いと思ったら長いし、物足りないと思えば物足りないでいいでしょう。一度ダセエと思ったことに巻かれるような阿呆、すぐにのぼせて死んじまって結構。


さて、せっかくだから自分もブームに乗っかってみようかしら。
後輩から聞いた話なんだけど、悪質タックルの話なんか丁度いいでしょ、う、、え?
もう古い?なんだよあんだけ盛り上がってたのに。もう飽きた?ダラシないねえ。


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いや、先輩聞いて下さいよ。僕、されたことあるんですよ。
悪質タックル。中学三年生の時。
所属していたサークルでカバディが大ブームだったんです。朝カバ夜カバ、昼カバなんつってそりゃもう毎日やってました。朝キャバなんて言葉知る前ですよ。
カバディカバディ言いながら相手陣地突撃してった中3の自分に、アメフト部の高二の先輩がタックルかましてきまして、それはもう完璧なタックルだったんですけど。
それでこう地面に擦り付けられた時、右手の小指がこう、第二関節から曲がったんですよね。手の甲の外側に。脱臼したんです、カバディで。自分でもよく分からねえからなんか笑えてきて、脱臼ってあれ骨折より見た目気持ち悪いんで、見せびらかしたりして。
そこから月1ペースで三回同じ関節が抜けて、夏休み手術しました。ガバガバになってたんで。
それで、包帯ぐるぐる巻きになった状態で片手に杖ついて、富士山登りましたね。
笑っちゃいました今話してて。なんで?っていう笑
あれなんで富士山登ったんでしょうね。
教室でたまたま両隣にいたやつと話して、暇だし富士山でも行かねえ?なんつって。そんなもんだったと思うんですけど。
あ、宿でコーラ風呂作ったくらいで美ら海行けなかった話は、、


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もういい。美ら海はともかく、分かるか?
バカはおだてりゃどこにでも登るんだよ。怪我してようが忙しかろうが、いっときの仲間ときっかけさえあれば富士山にだって登るんだ。
バカをおだてて登らせるのが面白いのに、最近の流行はバカを叩いて潰すことらしい。勿体無いと思わないか?図々しいと思わないか?バカにもなれない奴はもっとすっこんでればいいんだ。バカを大事にしろと思わないか、なあ?

 

確かに先輩。ノリとマジがごちゃっとしてるから面白いのに、つまらねえ奴もいるもんですね。面白くないじゃなくて、つまらないですよね。人に興味ありすぎる人って臆病なんですかね。信用できるのは真面目と阿呆だけだな。
中途半端な奴が一番ダメだ。自意識も後悔も悔しさも、適当にレンジでチンして批判だ議論だにしてタイムラインを動かし始めますもんね。いやーー、レンジって偉大ですね。

 

そうだな、家電は偉大だ。そうだ、それより思い出した。おい、お前早く俺の扇風機返せよ。

 

いやー、先輩。僕も結構そういう流行熱に弱いんで、まだ貸しといて下さいよ。先輩もそうやって先輩風吹かしてて大丈夫ですか?後で変なことになっても知らないですよ。

 

うるせえ!何がスイカ割りだ!あんな1つ割っただけで終わるようなもの面白くもなんともねえ!下らねえ!パイナップルだココナッツだマンゴーだ、手前の頭蓋で何個かち割れるか選手権くらいはやれよ!軟弱者が!!!

 

やれやれ、、あ、やべ、俺もなんかブルっときた。ツイッター見よ。つまらねえ奴の言う面白え企画ってのは必ず広報なんつってツイッターで目立つところがスタートだと勘違いしてっからな。。


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失礼しました。
皆さま、熱中症にはお気をつけて。指切り。

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通う大学に対するアイデンティティなど欠片も無い。これは豊かではないが貧しいのだろうか。何千人いるかも分からない大学を早稲田と一括りにする意味も勇気も過去も知らない自分からすると、それが滑稽に見えるのは自然だと思う。ただ、意味を考えて行動して繋ぐことの偉大さと意義は分かる。それを本気でやろうと、人を巻き込んでやっていこうとする人がいるなら、それは嫉妬する。大学でそれを実現できるその可能性すら信じなかったから。

それくらいのことを、適当な言葉と行動で掲げたつもりになっている奴を、心から軽蔑する。。こともない。そういうものだと思っているから。

この大学にすげえ奴がいた、会った、という経験がない。本当にいるのか、いてたまるかとも思うが、会う努力もしてこなかった。勿体無かったかもしれない。

"ごっこ" にはうんざりしています。会って、話がしたい。