Laundry Land

あれこれ

0.8秒と衝撃。「黒猫のコーラ」

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あなたにとってのロックスターっています?

ヒロトとか峯田とか、もうど直球、間違いない、なんとなくしか知らないけど超強い、みたいな存在はもちろんですけど、
下北沢の小さなライブハウスで愛を歌ってるヤリチンバンドマンも誰かのロックスターなのかもしれないじゃないですか。童貞だって嘘をついてゴメンナサイしたあいつも、ベッキーに手を出してゴメンナサイしたあいつも、誰かのロックスターかもしれないじゃないですか。桜井だってマサムネだって等しく誰かのロックスター。長瀬だってすばるだってきっと誰かの、、、、マジ?

 

まあ別に各々のロックスターに戦闘力をもたせて戦わせたいわけではもちろんないです、こんな風に。

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スターって存在は音楽に対する評価とはまた変わってきますよね。この人が好きだからこの人の音楽が好き。そうさせてしまえるのはステージで照明を浴びているあの人の魅力がなせたことで、スター性って大事だと思うんです。
憧れの存在を持つだけで、一種の信仰心に近い支えを持つだけで、人は生きていける気がする。そんな存在に会えたことは素晴らしいことです。是非下北沢ヴィレバンにあるKEYTALKプリ機で写真を撮ってきてください。


さて、自分の場合。
近年好きなバンドや音楽はたくさんできましたけど、その人の思想とか哲学とかをなんとか理解したい!みたいな感情を一人のミュージシャンに持つことはそうそうないです。というか、何かに傾倒する思想そのものが年をとるとなくなっていくというか、この先もそんな衝撃ってなかなか来ないんじゃないかなと思います。音楽は宗教で衝撃を受けるものではあり続けるけど。それを衝撃として客観視してしまうというか、衝撃を直で衝撃として衝撃をうけることって(略)そう、衝撃。


0.8秒と衝撃。というバンドの話をします。
(N/K「鑑みるに、鏡、そう、漢a.k.aGAMI、、、」より。)


名前を知ってる人も多いんじゃないでしょうか。
サカナクション、アルカラ、MWAM、ゲスの極み乙女、カナブン、クリープ、空想委員会、グッドモーニングアメリカ、indigo・・・・
なんかそういうのをザッとひっくるめて雑に「邦ロック」と一括りにしていた少し昔があるでしょう。
自分で言うと、「mixiで繋がった邦ロック好きなフォロワーさん達と東京カランコロンのライブに参戦していた頃」ですかね。忘れてください。


そんな時に話題になってたバンド。

つい最近活動休止したんです。知ってましたか?

 


0.8秒と衝撃。(通称ハチゲキ)は、「高校生の頃に聴いていた音楽」の引き出しに入っていました。
知ったきっかけはビートニクキラーズだっけな。
パンチ力とビビットな色合いに惹かれてライブも何回か行きました。

雪の降る渋谷、灼熱だったクアトロ。
文化祭二日目、冷えピタ貼って厚着してこっそり抜け出して、騒いで汗かいたら風邪が治ってたブリッツ。

ロフトも2回くらい行ったのかしら。

そんな数は行ってない。でも高校生の頃だと割合は高かったし、三日は引きずったライブ後の耳鳴りも含めて、余韻もパンチも強かった。ライブハウスの楽しさを強烈に教えてくれた。

 

 

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ハチゲキは塔山忠臣のバンドだ。

大阪から上京してきたある青年が、セックス・ピストルズを聴いて衝撃を受けた。初めて音楽というものを知り、今まで全く縁のなかったその熱いものにのめり込み、バイトに追われながら宅録という形で自分でも作るようになった。
音楽家の時の自分の名前は、交通事故で亡くなった友達の名前をそのまま貰い、2人目の塔山忠臣が生まれた。

多分、確か、こんな感じ。スタートが歪な気がする。知らなかったぶん、ジャンル、歴史の隔てなくその時の自分の気に入ったものに影響を受け自分の作品を作ってきたのだと思う。

アルバム、EPは8枚リリースしているけど、パンク、エレクトリック、フォーク、テクノ、、いつも実験的な匂いがする曲群だった。

新宿タワレコのある店員が恐ろしくこのバンドが好きで、(後にバンドのスタッフをやっていたと思う。)リリースがある度に衣装の展示だったりトークイベントをやってくれたりしていたのだが、自分はタワレコホームページでのインタビューを読むのが楽しみだった。
この作品のコンセプトは、この曲は、このアルバム、この曲に影響された、ニュアンスを盗んだ、など。たくさん実例を挙げてくれていたあれは、自分にとって一種の資料集だった。
MGMT、ジェームズイハ、スマパンジザメリ、ボウイとかは彼に教わった。

tower.jp


かっこいい楽曲を作ることだけを重視して始めて、ライブをするためにメンバーを集めて、パフォーマンスをこだわるようにまでなった。
(ART SCHOOLのライブを見に行った時、曲と曲の間の時間、メンバーが足元でカチカチやってるだけの音が聞こえる空間をすげえいいなと思った。と話していたのを覚えてる。)

ジャンル、スタイルにとらわれていないあのバンドが好きだった。売れてる売れてないとか関係なかった。

もう1つ、J.M.の作るジャケ写、グッズなど、目に見えるハチゲキの世界観は派手でエグくて、好きだった。今となっては多少イタいかもしれないけど、オリジナリティーがあった。
(だから、ジャスミンのPVの監督が加藤マニだった時、いなりのジャケ写がフクザワだった時は、少し凹んだ。あれは多分売れたかった時期だったのかな、と今は思うんだけどどうだったんだろう。)

 

 

でも、今までのこの気持ちは自分の中で知らないうちに過去になっていた。

ライブといえばハチゲキだったけど、いつからか随分遊びに行かなくなっていたし、バンド自体、ライブもリリースもツイッター投稿も減っていた。
そして数ヶ月前、活動休止が発表された。遂にか、でも俺もライブ行ってなかったしな、、という気持ちと一緒に強烈に思い出した。
後に説明されたのは、塔山さんの持病の耳鳴りが悪化して回復する見込みのないことが直接的な原因ということ。

11/1のラストライブには行けなかった。大きな後悔が残った。

 

 

 


あの人は最後まで塔山忠臣をやりきったんだなあ。ありがとう。

 

音楽を愛し、くだらない世界と人を何よりも嫌っていた、と思う。話したこともないから分からない。ただ手元に彼の作った音楽だけがたくさん残った。まだ全然聴ける。

下らないものにはひたすらに尖っていて、リスペクトするものには最大の愛を持っていたんじゃないかな。爆音なのに人懐っこい音楽だった。そうであってほしい、というのは随分迷惑な話かもしれないけど。


この投稿を書きながらハチゲキの曲を聴いてみた。まだ全然聴けた。黒猫のコーラは、自分にとって永遠のクラシックかもしれない。


塔山忠臣は二度死ぬのか。
俺の一番最初のロックスター。

  

 

 

 

 

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とか思ってたらこれだよ。
なんだよ。
自分の中のスターを引き摺り下ろしたいわけじゃないけど、これからあいつがどんな音楽をやるのか、ちゃんと今の自分で聴きに行こうと思います。

 

「漂流教室」

「えっ!タケル君今日一コマ入ってるよ!」
ワンフロアぶち抜きの個人指導塾にでけえ声が響く。うるさい。
バイト君の一人がシフトを間違え、担当の時間が始まろうとしてるときに自宅にいることが発覚したらしい。
電話をかけたカワサキという声がでかい男は、一人しか社員(室長)のいないこの塾で、彼の右腕として働く古株高学歴フリーターである。

電話を終えてカワサキの声がさらに張り上がる。
「ノグっちゃんさ!あゆみちゃん来るまでタケル君の生徒見ててもらえる?!多分そのうち室長が戻ってくるからそれまで二人で回そう、俺も手空いてるから!あ、ババ先生もいたね、最悪三人でやろう!うわ、なんか俺久しぶりに真面目なこと言ってる!」
そもそもそんなふざけたやつでもねえよお前は、ふざけてるのは声のボリュームであって、それを除けばただつまらないだけが残るぞ、カワサキよ。
乗りに乗って先生陣に指示を飛ばしてる。先生って言ってもバイトだけどな、大学生だけどな。

小学生相手に「先生はねぇ」って言うバイト、気持ち悪いぞ。
「先生、ここ分からない。」って聞いてくる少年たちに自分がまず最初に伝えたのは、自分がただのバイトであって君たちに勉強を教えることはできるけど先生ではない。だからこれから坂本さんとお呼びなさい、だぞ。坂本さんはつるかめ算ならいくらでも教えられる。古文の助動詞の質問を持ってきた中学生は無視する。無理。バイトなんてそんなもんだ許せ。頼むから俺なんかを先生なんて呼ばないでくれ。

タケルくんのいないブースでボケっと突っ立ってる彼の受け持つ小学生二人の元へ、女の子バイトさん二人を引き連れカワサキが向かう。
揃い踏みだ。アベンジャーズか。タケル君、もう少し家でウダウダしていていいと思うよ。彼らがどうにかしてくれそうだよ。ババ先生もなんか誇らしげな顔してるし。室長が戻ったら多分これも武勇伝としてカワサキが喋り散らかすことだろうし。

 

カワサキが嬉しそうだ。前も、
「ノグっちゃん、俺今日さあ!遅刻しそうになっちゃってさあ!メトロとJRの改札を猛ダッシュで走ってさあ!1分で駆け抜けて間に合わせたんだよね!!、、、あ、ババ先生!!俺今日さあ!」
こういうやつなんだこいつは。1日で何回この話聞いたことか。でけえ、声が。こいつを雇うならワンフロアぶち抜くなよ、壁をつけろ、ドアを。あと"猛ダッシュっ"て言うやつ初めて見た。


とかなんとか言ってるなあ、と思いながら俺の生徒はいつも通り遅刻していて、のんびり待ってたんだけど。
アベンジャーズに誘われてねえけどいいのかな。あ、俺そういえば乗り換え猛ダッシュの話直接はされてねえな。あれ、そもそも俺カワサキと喋ったことないなそういや。え、というかこのバイトもう半年続けてるけど誰も友達いねえ、、俺はいったい何を見せつけられてるんだ。。
気づいた。

カワサキを筆頭に、彼が仲良くお喋りする同い年らしき他のバイトさん達と仲良くなれる機会もなく、そもそもカワサキの声になれた彼らの鼓膜に坂本の声は届くはずもない。そう決めつけていたこともあり、坂本はただバイト先で小学生と戯れて帰るだけの人だった。終盤は何かを教えていたのかも怪しい。

 

1ヶ月後、友達になった数名の小学生に別れを告げ坂本はこのバイトを辞めたのでした。
最後背中を押してくれたのは中二の清水くんの「サカモトさんさぁ、多分この教室向いてないんじゃない?でさぁ、古文のここ早く教えて欲しいんだけど。」でした。

 

カワサキ、元気かなあ。

 

evening cinema「原色の街」

早稲田祭でした。
11/5は、RSW.pre『POSONG 2 YOUTHS』でした。ご来場頂いた方ありがとう。
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アイドル、ヒップホップ、バンド、異なる編成のアーティストが1つの場でクロスオーバーするというのは、このサークルが9月に企画した『MUSIC UTOPIA』のテーマと共通するものがあったけど、この企画最大の焦点はポップス。
大衆の音楽として長く日本人のそばにあり続けた音楽なのに、アイドルがやるから、ラッパーがやるから、という理由だけで距離を感じるのは如何なものか。あって当たり前の音楽を再確認するに相応しい、いい企画でした。
早稲田大学の教室、教団の位置にステージがあって、黒板やカーテンに装飾が施されている。懐かしいあの空間に、心ばかりの非日常感が漂う、会場の雰囲気もいい感じでした。

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主催者である同期のブログにたっぷりとコンセプトが載ってます。場内BGMのお手製mixもよかった。ひとまず、お疲れ様でした。

(ROCK STEADY WASEDA — 【ロクでもないステきなBlog】vol.5 今を踊る すべての人に捧ぐ────)



さて。
今回ブッキングには関わらずだったけど、evening cinemaを呼んでくれたのは本当に嬉しかった。(アーティスト紹介は上のブログで呼んで下さい。)
「原色の街」という曲がネットサイトで無料リリースされたタイミングでこのバンドを知ったのだけど、すぐにファンになった。

(https://open.spotify.com/artist/6NQ3DibpWMigY2cXJr9KYv)
懐かしいとかじゃなくて、知ってるのだ。この感じ。自分の血に浸透してるといってもいい、the日本の音楽=ポップス。
洋楽を邦楽に解釈したロックバンド(バンプアジカンなど)が一時代を築いてしばらく、彼らをさらに解釈した邦楽ロックと呼ばれるものが今ロッキンやCDJで同世代のスターになっている。
そんな中、純正の邦楽を邦楽に解釈し「ラブソング足りてなくない?」と言いきるボーカルのインタビューは鮮烈だった。

www.cinra.net


そして、自分にとってポップスのもつ国民性をその存在そのものとしてもたらし続けてくれたのが、SMAP
「原色の街」は正直なところもうSMAPの曲だ。この曲がリリースされたのがちょうど彼らの解散報道で日本がバタバタしていた頃。「僕なりのSMAP愛」とコメントしている原田さんのツイートが回って来て、迷わず聴いて励まされたこと。
そんなことを思い出しながら見た彼らの『POP SONG 2 YOUTHS』でのステージ、エモかった。


でも、それだけじゃない。
早稲田祭の二日間はちょうど、SMAPというアイドルグループの元メンバーがやっと新しい一歩を踏み出した日だったというのは皆さん、もちろん知ってますよね?

(続く、、)

 

PUNPEE「Oldies」

早稲田UBCという音楽イベントを企画するサークルに入って二年目。毎週会議しかしない退屈な準備期間を経て、先日やっと企画当日を迎えました。三年生中心の企画なのですが。

HOT STUFFという会社のライブ現場でバイトするようになってからも二年目。上野公園の野外音楽堂で開催したサークルのイベント運営は自分にとってはほとんどバイトと同じ要領で、頑張って働きました。来てくれた人ありがとう。

 

終演して後片付けして一息ついたタイミングで知らない番号から着信があって、思いつきで出てみたら卒業以来会ってない高校の頃の先輩だった。

高校生活を文化祭と運動会の実行委員会に費やした自分にとって、家族みたいな塊の人たちの中で最初にお世話になった部門長からの電話は別に大したことのない流れで偶然かかってきたものだったけど「お前大学どう?」って聞かれた時に「割と楽しんでますよ」ってするっと答えられたのに自分で驚いた。

早く切りたかったから適当に出てきた言葉なのかもしれないけど、あれからずっと気になってる。

 

 

高校生活がいかに楽しかったのか、(いや本当に楽しかったのか)改めてちゃんと考える機会なんて大学に入ってからなかったしこの先も多分ないと思うけど、今の自分がある上で大切な時間だった。それくらいでいいと思う。

 

OBというものが本当に嫌いだ。

現役からすると、お前いつまでここにしがみついてんだよ、と思われるあのダサい存在。いつか自分もなると思うとゾッとする。

ただ、今のサークルでいうと自分はまだ現役だけど、高校の居場所からしたらOBだ。

大切な時間ではあったけど、高校時代目指していたものは結局でかすぎる挫折で終わって、そのままなんとなく受験に二年かけて大学に入って、そこからまた二年経った。

幸いなことに、四年経ってまだいるのかそこに、とはならずに済んだ。ラッキーだったのか、それともそんな脅迫観念があったから頑張ったのか。

とりあえず今、"次の楽しいこと"を見つけられたのかもしれないと思うとホッとする。

 

 

組織は現役でいる人間が全て。現役でなくなった人間は古巣を評価はしても尊重する心を持ち続けなきゃいけない。「今のあいつらはダメだよ」ではなくて、そうさせないための何かを残せなかったお前の責任でしかない。

それを踏まえた上で、お前はまた自分が現役でやれる楽しいことを作り出して新しい居場所にしていく努力を1から始めなきゃいけない。

 

そう決めてから四年。そして後一年。早いなあ。でもそんなもんなんだから仕方ない。

後輩に疎まれるOBほどダサいものもないから、さっさと次に進まなきゃしょうがない。

 

 

男はつらいよ」は渥美清の体調が下降線を辿るに連れて主人公としての役割が寅さんから甥っ子のみつおにシフトしていく。

面倒見の良さとおせっかいな性格のせいで毎回自分の恋に破れて旅に出ていく叔父さんの姿を始め軽蔑するみつおも、結局最後は叔父さんに背中を押されて自分の恋を追いかける。

いつも路面電車で柴又を離れる寅さんに対して彼女の元へ向かうみつおのシーンは新幹線。流れるのは尾崎豊

時代は移り変わっていくけど、人の生き様は暑苦しいくらいに継承されていく。

 

寅さんみたいになりたいと思ってた少年の頃の自分には申し訳ないけど、まだ東京に居座っています。そのくせ恋人はいないです。

 

寅さんとみつおのダメなところハイブリッド状態、すんません。

 

はあ。つらいなあ。

 

 

 でも、割と楽しんでるらしいよ。

 

 

 

 

RSWpre『MUSIC UTOPIA』

「郊外のでかい公園で野外フェスをやりたい。」
ROCK STEADY WASEDAの今年度の年間計画を話していた頃、幹事長が言った。
結局場所が取れずに流れたこの案は、形を変えて『MUSIC UTOPIA』という名前で明日開催される。
下北沢BASEMENT BAR・THREEの二開場、出演アーティスト全14組。半年かかった渾身の企画。

そもそもRSWというサークルは、音楽に依存してなんとか毎日生きている阿呆が自然と集まった団体で、やる気のある人間が交代で都内のライブハウス企画を打つという活動を続けてきた。
若干20名程度の団体は、部員同士の結束、繋がりが薄かった。当たり前だ。だって、音楽を聴いて、見て、酔っぱらうことだけが好きな人間しかいないんだから。
そんなサークルの幹事長が「郊外のでかい公園で野外フェスをやりたい。」ってさ、びっくりした。何を言ってんだってなった。
でも、結果、なんかよくわかんないけどフェスっぽいすごそうなものができた。

なぜ、RSWにこんなことができたのか、あとで振り返っても訳が分からないと思う。
というか、近い将来にこのサークルが続いているのかすら怪しい。強い動力源になる誰かがいないとあっという間に潰れてしまう集団なのだ。今の同世代で、音楽をやっているわけでもなく、ただライブハウスに遊びに行くのが好きな純粋なリスナーが集まって、好きなアーティストを呼ぶ活動をする。数年継続していること自体俺は奇跡だと思ってる。

そんな集団が主催で、下北沢2開場。バンド、アイドル、ヒップホップを含む14組。
今でもちょっと不思議だし、「一致団結」みたいな聞こえのいい話にするにはやっぱり不安なくらいの阿呆揃いだから、なぜここまで無事これたのか、はっきりとは言えない。

ただ、この企画と、この企画をちゃんと形にできた今のRSWの状態は絶対的に信頼してる。これはまず間違いない企画。
お手本なんてないし、収支にもビビってるし、出てくれる人たちのファン、そもそも出演者の方たちにこのコンセプトの面白さが伝わるのか、不安なことはいくつもあった。。


多ジャンルなんて聞こえがいいけど、結局は個々の集客でどうにかしてもらうしかないんじゃないか。。。


お客さんも自分の目当てだけを期待してくるんじゃないか。。。。

 

違う!黙れ馬鹿野郎!!

 

この14組だから味わえる新鮮さと、面白さと、パンチの強さ。ひっくるめた一つの企画として、最高のものになってます。下北沢で最高の夜が明日あります。だから全部見てほしいんです。


『MUSIC UTOPIA』は相当でかいんじゃないかと思う。
100%の気持ちでステージに立ってくれる出演者を呼ぶのなら、100%の気持ちで企画・運営するのが当たり前だろ、という気持ちをもったメンツで始めました。
リスペクトと愛があります。音楽そのものとそれを楽しめる場に。人に。
企画を打ちたいから始めたわけじゃなくて、打たない意味が分からないくらいの何かがあった、音楽が大好きな阿呆どもの奇跡みたいな企画。次はもうないです。
是非、一緒に踊りに来てください。

 

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ヒグチアイがいるから大丈夫な気がする

大学に入って新しい習慣ができた。

キャンパスノートにカバーをかけたものを持ち歩いている。

1日見開き1ページ、1冊3ヶ月計算で好きなことを書けるように設定してある。手帳や日記のように、予定や出来事を整理するということではなく、思ったこと、考えたこと、引っかかったこと、ざっくりしたアイデア、、バッと書きつける用のノートだ。

「忘れるために書いておけ」

という親父の言葉に妙に納得して真似し始めた。書いておけば、そこに戻ってきた時に思い出せる。

 

何かに結び付くかもしれない些細なことほど、忘れる。

そして細々したことをため込んでおくと、疲れる。

単調で特別なことが起こらない毎日だからとこのノートを放置していると、気付いた時には頭の中が色々なことで溢れてもやもやしている。

戻ってこれるリアリティーは大事だと思って続けてきた。

 

 

ノートがもう5冊目になる。

大学に入って2回目の春、毎日毎日が事細かに残っているわけではないけど、過去の4冊をざっと見てみて、不安に思う。

大学に入って何か変われたのか。

友達が増えた、居場所ができた、どこへ遊びに行った、何かに感動した、腹が立った。

新鮮味や、感情の起伏はどこか不安定に感じて、自分自身が何か変化したか分からない。

それを証明してくれるものなんて外にはないからなおさら。

 

甘酸っぱい薔薇の大学生活は何処へ。去年の新歓期の終電で、こみ上げてくるただ酸っぱいものと一緒に飲み込んでしまったのか。

自分の中のジメッとしたものを吐き出すことだけに一生懸命だった浪人時代に比べて、そこそこ色のある毎日を、阿呆みたいに暮らしている。

 

大概の人間がそうだと思う。人はそんなに変われない。

 

 

 
 

 

ヒグチアイを紹介したい。

長野県出身、鍵盤を弾くシンガーソングライター、インディーズ活動を含めて9年目の28歳。

去年、「160度」でメジャーデビューした。

 

このジャンルが好きな人は名前を聞いたことがあるだろう。

全国でライブを行い、各地に根強いファンが多い。対バンするアーティストの中にもファンと公言する人が多い印象で、「ヒグチアイ最強スリーピース(Ba.山崎英明(ex.School food punishment)、Dr.刄田綴色東京事変))」という分かりやすく最強なスリーピースでのライブも行ってきた。

インディーズでの活動歴の方が当然長いが、いつか売れるとずっと言われ続けてきた人だ。

 

 

youtu.be

 

この人の歌は、何かを思い出させる。聴き手それぞれの、あの時の言葉、景色、匂い、想い、決断。そしてきっと、何故か、背中を押された気になる。無理な応援歌ではなく、足りない自分、変われないままの自分を肯定できる、寛容に近いものだと思う。

 

 

落ち着いたアルトがかった声が歌う曲の魅力は「共感」というより「共有」できるリアリティーだ。そしてその歌詞には、聴き手がそのリアリティーを自分の1番納得のできるところに収める余白がある。

自分はどうだっけ、そういえばあんな瞬間があったな、と思えるような。

 

本人もインタビューでこう答えている。

「今日食べたトンカツがめっちゃ美味しかったのは、トンカツが美味しかったからだけではなくて、今日すごく晴れていたから、好きな人と一緒だったから、嫌なことがあった1日の最後に美味しいものを食べたから、、いろんなドラマがあったことに気づく」http://realsound.jp/2016/11/post-10248_entry.html )

 

感情や価値観をその人の個性としてついつい注目してしまうが、人間の生活にある背景、余白そのものにこそ意味があると自分も思う。

 

 

youtu.be

 

「ぽたり」

さびついた涙腺が もうすぐで壊れそう

曖昧な朝焼けと 身代わりのくもり空

 

やりたくて やれなくて やらなくて やりきれなくて

 

あきらめて 忘れては その時をもてあそぶ

靴の底はすりへったまま 雨が降ると走れないまま

タバコ屋の屋根の下で ずっとずっと雨宿り

 

食って寝て泣いて 腹減って また食って

まわって また同じところに戻って

繰り返し 繰り返し 失敗も後悔も

もう飽きたんだ だから ぼくは負けない

 

一番の友達は 裏側の自分だから

いつまでも勝てなくて 時々は辛くなる

 

食って寝て泣いて 腹減って また食って

今日も また同じところに戻って

迷った道で 拾った何かをポケットにつめて

 

食って寝て泣いて 腹減って また食って

まわって また同じところに戻って

繰り返し 繰り返し 変わらない毎日を

送ってるはずなのに 君はずいぶん変わった

やぶれそうなポケット ほらもう 泣けるはず

 

 

 

 

人の目を通した景色、匂い、温度を感じる歌詞だから、聴き手も自身の体験を引っ張り出して、自分のドラマを差し込める。自分のことを考えて、自分を肯定してやれる。

 

youtu.be

 

 

 もう一点。

こういった表現は本当によく見るし、特筆するにしても、音楽にとってはそもそも当たり前な話なのだけど。

 

ヒグチアイはライブの人だ。

ライブが何倍もいい。

 

慣れていない環境、慣れていないモノが与える印象は強烈で、新鮮味が感情の動きを何割増しかにすると思う。だから、ライブハウスで見る生の演奏は、音源より魅力が多いと思えるのは当然な話だ。

 

ただ、ヒグチアイに関しては少し違う。

(どう違うかは、今すぐこのブラウザを閉じてライブの予約をしてもらうと一番感じてもらえるのだけども。)

 

うたも、演奏も、声も、それぞれ魅力的なのはそうだ。

ただ、彼女のライブは、ただ歌を見た、聴いたという印象よりも、ヒグチアイを見た。という感覚になる。彼女自身を見た、聴いた、知った、気になる。

ヒグチアイについて。が曲に込められているからかもしれない。

 

彼女の一番のウリは絶対にライブハウスに行かないと分からない。

 

このことを文章で伝えたいと何回も挑戦したけど、とにかく無理だった。

ここで無理にグダグダするより、興味を持った人には是非、ライブに行ってみてほしい。

 

 

 

最後に。どこにもアップされていない曲なので歌詞だけ。

 

「日常」

くたびれた商店街で

切れそうな歯磨き粉を買う

ランドセル背負った子供が

走ってく 長い長い一本道を

夕焼けが空を染めてく

鳴いている 黒やぶち 野良猫

変わらない今日が過ぎてく

変われない 僕は今日も変われない

そのままの君が好きだ

言ったあの子は随分前に去った

あの頃のままの僕を見て

同じ言葉をかけてくれるだろうか

一番星見つけるたびに

明日に希望を託す

変わらない今日が終わってく

変われない 僕は今日も変われない

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

自分にとってヒグチアイは特別なアーティストになっていることを踏まえて。

 

ヒグチアイがメジャーデビューした。

 

20142月、「三十万人」リリースを控えている時に、活動を始めてから初めて、辞めたいと思うことがあったという。

 

 プロフィール欄にずっと「自分のうたを自分の声でうたっている人」と書くくらいの人だ。  

やりたいことをやる、自分が楽しむ、続ける。

それを追求した9年がヒグチアイの強さだ。

キャッチーなメロディー、ハイトーンボイス、注目されるキャラ設定、カワイイだけの容姿。女性SSWがライブシーンからメジャーに引き上げられるための近道はたくさんあるが、それらに妥協せず、自分を掘り下げ、人を考え、言葉を歌にして、曲を書き、ライブを続けたんじゃないだろうか。

 

そしてようやく、メジャーシーンに躍り出た。間違いじゃなかった。

 

自分のやりたいこと、やりたくないこと、できること、できないこと、好きなこと、嫌いなこと、そう単純じゃないものに向き合い続けた結論も歌にしている。

  

過去との決別でも未来への迎合でもなく、今のヒグチアイが今の全てだ。

また少しずつ前に進む。

 

ヒグチアイのライブを初めて見たのが高校一年生のとき。それから今まで、一番ライブを見たアーティストかもしれない。持っているCDはデモも含めたら10枚を超えた。

この人ほど、励まされて、慰められて、背中を押されて、何より楽しませてくれたアーティストはいない。歌い続けて欲しい。

辞めないでくれて本当によかった。 

 

youtu.be

 

今の音楽シーンに、ヒグチアイが新しくデビューする。この心強さは、忘れようがない。

 

 

『DEEP BEAT YELLOW』大成功記念〜それでもやっぱり向井秀徳。編〜

youtu.be

閉ざす/窓を開けてバスを揺らすよ
耳を通って脳に青が刺さる
沈む水の底へ 妄想になすすべなく
past time いつの間にか終点が始点になる
(きのこ帝国「Girl meets NUMBER GIRL」)

 
NUMBER GIRLは、青春を思い出させる何か、というよりも「青」そのものと、きのこ帝国の佐藤さんは言い切った。

自分もNUMBER GIRLを聴いていた。

高校生だったのはもう三年前。そのときの日常が青春だというのなら、それはやっぱり過ぎ去ったもので、この時はこうこうこうだったと思いだしたところで、美化された思い出に過ぎない。そのくせ、その記憶は今も脳に深く刺さったままで、今も自分はそれに動かされていると錯覚してしまうときがある。とかく厄介なものです。



「どんな音楽好きなの?」
音楽系サークルの新歓で必ず聞かれるこの質問。
試されているようにも感じてしまうこれに、NUMBER GIRL一本で答えて回った。

知らない、趣味渋いね、なんて言われることもありつつ、音楽の好みのある人間としていけ入れてくれる人や団体とも出会えた。
そして、そのうちの一つROCK STEADY WASEDAというサークルに入り、4月6日。
初の個人企画『DEEP BEAT YELLOW』が無事終了した。

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『DEEP BEAT YELLOW』

CRCK/LCKSに出てもらいたい。そこから始まった。
あのバンドに出会えたことが本当にデカかった。

去年の終わりに、彼らの出演が決まることで無事立ち上がったこの企画は、コンセプトとタイトルに本当に悩んだ。別にこだわらなくても問題ないことかもしれないとは思ったけど、逆に言えばここくらいしかこだわれることもない。

企画を打つからには、そのイベントのパッケージというか、どういうものか、なんで来てほしいのか。下北沢のライブハウスで、早稲田の学生団体がイベントを打つ意味、意義を、自分の中には答えが欲しかった。
少なくとも、音楽活動とは無縁の自分が、学生団体の企画を打つことに対するビハインドというか、後ろめたさがあった。音楽の現場に携わっていない外部の人間、ましてや学生が、それを本業にしている人たちの熱量を無視して、自分たちの思い出作りのようにチャラチャラと企画をする、そんなことはあってはならない。できないならやらなければいいだけの話で、やるからには、真摯にやりたい。それだけは絶対だと思った。

そんな折、下北沢THREE店長スガナミさんのブログを読んだ。下北沢の端の小さなライブハウスから革命を起こそうと本気で取り組む大人がいることに驚いた。自分のライブハウスでやるイベントにはすべて胸を張る。そのためのサポートには全力で当たり、THREEというブランドを築く。ライブハウスを運営しながら、である。
「意志を持つ箱に」と題されたその覚悟を知ったら、所詮学生で多少赤字がでたら自分が働けばいいだけの、なんの責任もない自分が、個人企画をする。そこで攻める姿勢を出さないで、BASEMENT BARはとても借りられないと思った。

結局コンセプトは、ずっと自分がライブハウスに感じていた明るいものを言葉にしただけだった。ステージに立つ人と、フロアで楽しむ人だけが主役のあの空間は、間違いない。

【企画コンセプト】
お客様が自由に振舞えるフロアの雰囲気を作り出すアーティスト様をお呼びし、表現を追求し演奏するアーティストのライブはジャンルの枠関係なしに見ていて面白いと感じてもらえる企画にしたいと考えております。
いつでも、いい音楽はずっとライブハウスで鳴っていると、遊びに来てくれる方と共有したいと思い、企画させて頂きました。

 


まあ、コンセプト決まって、よっしゃ、やるぞ、となったからって別にスムーズにいくわけではないのだけど。

初めに理想としていたイメージの中核になったであろうアーティスト達に出演NGを連発されても、そこは、拾う神ありというか、予想外に時間はかかったが無事アーティストが出そろった。
一組ずつ、勝手ながら紹介させてもらっている。

 

ray887.hateblo.jp

 
CRCK/LCKS
TAMTAM
MISTAKES
GiGiGiraffe
DJ:星原喜一郎

ありえないでしょう、これは。
サークルの名前があったからといって、これは。
とにかく嬉しかった。


そして、これは自分が最もこだわりたかった企画のパッケージという面で、超絶な効果を発揮してくれたのだが、この企画のチラシのデザイン。
かっこよくない?これ。

本当は、自分で作りたかったのだけど、そこまで手を広げる余裕もなく、友達に紹介してもらった青きさん(会ったこともない年下の女の子)に頼むことになったのが、まさか。

ジャンルの枠を超えた音楽、人、それぞれの見え方が一番魅力的に見える。
それだけのコンセプトから、黄色い壁に配置された窓から見えるそれぞれの景色を表現してくれました。恐るべし。
企画の顔として文句ない最高のデザインに仕上げて頂きました。ありがとうございます。
このチラシは評判もよく、要所要所でなぜか自分が褒めてもらえて、申し訳ない半分、とても嬉しかった。
迷いに迷った企画タイトルもこのデザインがあったから決められました。

『DEEP BEAT YELLOW』

意味はそんなにないですが笑
とっつきやすくて好きになったものが、実は超奥深かかったら、もう一生そのジャンルの虜になっちゃいますよね。


ブッキングが決まらないままインフルエンザになったこと。
解禁日(2/20 22:00)を新潟の免許合宿の寮で一人寂しく迎えたこと。
解禁時のチケット予約数が伸びなかったこと。

焦る期間も不安な期間もいろいろあったけど、苦にならなかったからよかった。自分自身がずっと当日を楽しみにしていたからだろうし、いいものになるという余裕というか、決まりが自分のなかにあったからだろうなあと思う。
企画中ずっと、BASEMENT BARのスタッフさんは本当に優しかったし、RSWのメンバーも自分が勝手に決めていくブッキングを認めてくれて、聴いてきてくれて、レスポンスもくれて。
ありがたい話が積み上がってきました。



当日は、


当日は、


いかがでしたか?
僕は、本当に楽しかったです。当たり前すぎる話ですが。

個人企画、団体企画となると、企画者の知り合いが多く集まるイメージというか、全体的に内輪の雰囲気が出るんじゃないかという不安も実は少しあったのですが、どうだったのでしょう。
一生懸命準備して、ようやく当日を迎えたこの企画を、フロアで知り合いとなれ合う時間にしたいはずもなく、自分は最前ど真ん中で陣取らせていただきましたが、(そのわがままというか、わきまえていない感じには目をつぶっていただきたいですが)スーパースターでしたね。集結してましたね。


開演中は、だから、来てくれた人にロクに挨拶も乾杯もできなかったのですが、「楽しかった」「あのバンドがよかった」「このバンドがかっこよかった」など、みんな楽しんでくれていたみたいで、いろいろ感想も見聞きしまして、エゴサーチもせず、お腹一杯のまま一週間経ちました。


今思い出しても夢のようです。
TAMTAM、暖かかった
GiGiGiraffe、尖ってた
MISTAKES、攻めてた
CRCK/LCKS、超楽しかった
星原さんが熱を逃さなかった。

あっという間でした。

なんとも濃い、黄色い夜でした。

改めて、
来てくれた皆様
出演してくださった皆様
下北沢BASEMENT BAR様
ありがとうございました。
積み上がりすぎましたかね。

『DEEP BEAT YELLOW』は大盛況の大成功だったと、宣言いたします。


あと、支えてくれたROCK STEADY WASEDAですが。
今年攻めます。これを機会に、注目していただけると幸いです。






さて、

「黄」色。
青から変わり、そろそろ止まらないといけない警告の色。
ただ、あの幸福のハンカチの色でもある。
好きな人たちに出演してもらい、好きな人たちが遊びに来てくれた、あの日のようなライブハウスが、毎日、どこかしらで、誰かを待っていると思うと、まだこの先も止められそうにないな、と思う。
青いだけじゃやってられないと体感したこの一年は、青春と呼べるものではないないけど、あの大切な黄色い夜ももう、過去のものになってしまった。
いざ振り返るとあっという間に感じて、

楽しかった。ありがたい。の気持ちしか出てこない。
また次ができればいいし、違うところを掘ってみてもいい。

次は?この先は?
3月ごろにそんなことを考えていたけど、一回やめた。余白は作っておきたかった。

だから、去年の12月に立ち上げた『DBY』の終了が、自分の2016年度の終了で、2017年度のことはこれからゆっくり考えよう。リセットじゃないけど、一回落ち着こう。

そう考えていた。

 

 

 

 


それが、まさか、そうならないとはなあ。。。
それでもやっぱり、終点が始点になる。

 



『DBY』が終わった二日後、僕は渋谷のO-EASTにいた。

あの人を見に行った。

メインステージど真ん中。満杯の箱の中、MATSURI STUDIOから来た彼は、真っ赤な照明を当てられ、MATSURI SESSIONを捻り上げていた。


強烈だった。
一昨日に出きった状態のはずの自分から、まだ引っ張り出すのか。。

 

強烈だった。
何かが刺さった気がした。
今度は何色なのか、いつか抜けるのか、分からない。

ただ、

「赤」い季節が、そう経たないうちに到来するんじゃないか、そんな予感がした。

 

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