Laundry Land

いよいよ就活生。

「漂流教室」

「えっ!タケル君今日一コマ入ってるよ!」
ワンフロアぶち抜きの個人指導塾にでけえ声が響く。うるさい。
バイト君の一人がシフトを間違え、担当の時間が始まろうとしてるときに自宅にいることが発覚したらしい。
電話をかけたカワサキという声がでかい男は、一人しか社員(室長)のいないこの塾で、彼の右腕として働く古株高学歴フリーターである。

電話を終えてカワサキの声がさらに張り上がる。
「ノグっちゃんさ!あゆみちゃん来るまでタケル君の生徒見ててもらえる?!多分そのうち室長が戻ってくるからそれまで二人で回そう、俺も手空いてるから!あ、ババ先生もいたね、最悪三人でやろう!うわ、なんか俺久しぶりに真面目なこと言ってる!」
そもそもそんなふざけたやつでもねえよお前は、ふざけてるのは声のボリュームであって、それを除けばただつまらないだけが残るぞ、カワサキよ。
乗りに乗って先生陣に指示を飛ばしてる。先生って言ってもバイトだけどな、大学生だけどな。

小学生相手に「先生はねぇ」って言うバイト、気持ち悪いぞ。
「先生、ここ分からない。」って聞いてくる少年たちに自分がまず最初に伝えたのは、自分がただのバイトであって君たちに勉強を教えることはできるけど先生ではない。だからこれから坂本さんとお呼びなさい、だぞ。坂本さんはつるかめ算ならいくらでも教えられる。古文の助動詞の質問を持ってきた中学生は無視する。無理。バイトなんてそんなもんだ許せ。頼むから俺なんかを先生なんて呼ばないでくれ。

タケルくんのいないブースでボケっと突っ立ってる彼の受け持つ小学生二人の元へ、女の子バイトさん二人を引き連れカワサキが向かう。
揃い踏みだ。アベンジャーズか。タケル君、もう少し家でウダウダしていていいと思うよ。彼らがどうにかしてくれそうだよ。ババ先生もなんか誇らしげな顔してるし。室長が戻ったら多分これも武勇伝としてカワサキが喋り散らかすことだろうし。

 

カワサキが嬉しそうだ。前も、
「ノグっちゃん、俺今日さあ!遅刻しそうになっちゃってさあ!メトロとJRの改札を猛ダッシュで走ってさあ!1分で駆け抜けて間に合わせたんだよね!!、、、あ、ババ先生!!俺今日さあ!」
こういうやつなんだこいつは。1日で何回この話聞いたことか。でけえ、声が。こいつを雇うならワンフロアぶち抜くなよ、壁をつけろ、ドアを。あと"猛ダッシュっ"て言うやつ初めて見た。


とかなんとか言ってるなあ、と思いながら俺の生徒はいつも通り遅刻していて、のんびり待ってたんだけど。
アベンジャーズに誘われてねえけどいいのかな。あ、俺そういえば乗り換え猛ダッシュの話直接はされてねえな。あれ、そもそも俺カワサキと喋ったことないなそういや。え、というかこのバイトもう半年続けてるけど誰も友達いねえ、、俺はいったい何を見せつけられてるんだ。。
気づいた。

カワサキを筆頭に、彼が仲良くお喋りする同い年らしき他のバイトさん達と仲良くなれる機会もなく、そもそもカワサキの声になれた彼らの鼓膜に坂本の声は届くはずもない。そう決めつけていたこともあり、坂本はただバイト先で小学生と戯れて帰るだけの人だった。終盤は何かを教えていたのかも怪しい。

 

1ヶ月後、友達になった数名の小学生に別れを告げ坂本はこのバイトを辞めたのでした。
最後背中を押してくれたのは中二の清水くんの「サカモトさんさぁ、多分この教室向いてないんじゃない?でさぁ、古文のここ早く教えて欲しいんだけど。」でした。

 

カワサキ、元気かなあ。