Laundry Land

巡り巡ってあれこれ

「ぽたり」

浪人の結果、東京に留まることになった。
目標と言えるものが、1つだけあった。
少しの自信があった。人とは違うという自負も少しあった。
みんなそうじゃないですか。そろそろ僕ら、それに向き合って然るべき時期じゃないですか。
まあ、僕ら、なんて言ったけど、大学に入ったときは、ずっと1人で、目標と、少しの自信と、向き合って行くことになるだろうと思っていましたけど。不思議なもんですね。


だから、大学生活の大きな節目を、UBCというサークルから引退する時に感じるなんて。
誰かと何かをやる、誰かと同じものを目指す。そんなことになるなんて。というか、終わった今でも不思議だ。何が起こるかわからないもんですね。
でもまあ、1人でどう頑張ろうかを考えるところから始まったから。この人のようになりたい、この人の目指したものを俺も目指そう、なんてことは結局なかった。すごいなあと思った人は片手で十分数えられる。(これは、なんかまあ残念だけど、まあ順当にそうなった。1人だけ頭の上がらない人と会えたな、でも。俺は肺に穴あけないようにしたいけども。)

それでよかった。それだけやっぱり、やりたいことがあった。信じていたもの、いや。お守りにしていたことがあった。2つ。
1つは、ヒグチアイというアーティストの歌と言葉、彼女の音楽を聴いていた時間。
1つは、企画を打ちたいという憧れ。
支配、という言葉ではない。ただずっとあった。戻って来れる記憶と気持ちとしてずっとあった。

***

聞く音楽も、行くライブも変わった。
ROCK STEADY WASEDAというサークルで2本の企画に関わった。そのうちの1つは、1人で、完全に自分の理想を追求して形にできた。
だから、去年の四月に目標は叶えられていたわけで、過去の自分に申し訳なさそうにする必要もなくなった。自分はできるんだという自信にも満足をやれた。あの時もうすでに、それを評価してくれる人にも恵めれていた。
満足していた。
叶えてしまったら、焦りも無くなっていた。
自分の中のお守りに照らし合わせても、大切にしていたことを無価値にしてしまうようなことはしなかったから、これから先も大切なものとして付き合っていけると思っていた。

それが、今回、完全に叶ってしまった。
明石家サンタに電話をかけなくても夢は完璧な形で叶う。違う。これはふざけたくない。明石家サンタ無し。

***

高校一年生の時に渋谷gee-geというライブハウスでたまたまステージに立っていたアーティスト。人生初めてのライブハウスだった。
一年後
渋谷の7th floorで、確かに言った。いつか企画をするから、出てくださいと言った。
あの時の自分の言葉と、五年付き合い続けてきた。人に話すようなことでもなくて、ただ大切にしていた。
それが、あの雨の中、完全に昇華していった。すごかった。あの時の気持ちは、すごかった。
俺は大学三年生になっていた。

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聞き取りづらい雨の中、確かに聞いた。うろ覚えだけど。
"私はいろんなライブに出演してきたけど、出演するということは、私を呼んでくれる人がいるということで。今日私を呼んでくれた人のことは、私は覚えていて。多分5年くらい前に、将来こういうことをやりたいと伝えてくれて。その人は、ずっと頑張っていたから、今日がある。私は、この5年ずっと頑張れるていることがあるのかなと思いました。そんな気持ちだった、東京に出てきた時の曲を"
そして、「東京」を歌った。
あの日、初めてヒグチアイを見た人がたくさんいたと思うけど、あの日のヒグチアイのライブは本当にすごかった。
広い会場でたった1人なのに、彼女の言葉は全員に届いて、ピアノから手を離す一挙手一投足に全員が注目していた。(ただうるせえOBども数人を除いて。こういうところが本当に嫌いなんだ俺は。いや、これはまた違う話になるごめん。)
力強かった。ヒグチアイも、この五年間(プロとしてはもっとだけど)活動し続けていたからそりゃそうなんだけど。
忘れられない過去が1つある。
"このアルバムができるまでに、辞めてしまおう思ったことがあった" という内容も含んだ手紙が、そのツアーで来場者に配られた。アーティストが活動を続ける尊さに、この時曖昧ながら気づいた。こんなすごい人が、いなくなってたまるか。万が一にも辞めないうちに、俺頑張らなきゃ。と思った。浪人したけど。

あの日、出番終わりに少し話せた。
また「すごい」と言ってくれた。この日の前に、一度挨拶させてもらった時にも言われた言葉。あのときは、違う、あなたに言って欲しいのはその言葉じゃない。と思った。
そう伝えたら、「でも、すごいと思われるのはそれが人からの評価だから。それでいいんだと思う。君自身は、それを当たり前のことのようにやってきたから、そう思うのかもね」「こんなことやりたいと言ったのは覚えてるし、そう言う人は沢山いるけど実際やる人は少ないから」そんなことを言ってくれた。また新しいことを教わった。あと、とても嬉しかった。

最後に、アルバムにサインを貰った。
一番新しいアルバムには、あの日演奏しなかった「ぽたり」という曲が入っている。古い曲だ。初めて見に行ったライブで演奏していた。
平成元年生まれのアイさんが21歳のときに書いた。あのとき俺は16歳。今、22歳。一番好きな曲になった。(この曲が入ったデモの最後の一枚を買った日に想いを伝えた、というのは出来過ぎかしら)
歌詞カードの最後に本人の解説がついている。
「螺旋階段のように上から見たら同じところを回っているようでも、実はだんだんと上に上がっている。そう思いたい! と思って書いた。そうだ! とは思っていなかった。」

俺はヒグチアイの言葉にかなり影響を受けているな、と改めて思った。ぐるぐる回る、繰り返し。身に覚えのある感覚だった。
そして、あの曲を初めて聞いてから6年。
最初は退屈な曲だなあと思っていた曲。
歌詞カードにある"そうだ! " ということを、なんと本人に直接言ってもらえた気がする。
この5年、同じところを回っている滑稽さ、もどかしさ、バカらしさをずっと抱えていたけど、(このブログだってそれがテーマだったりする) 実は上に進んで来れていたのかもしれない。
そう、思った。ありがとうございます。

ステージでは小山田壮平が最後の曲を歌い終えるところだった。終わりだ。と思った。


***


CRCK/LCKS と出会って1つ変わった。
ラクラ、TAMTAM、MISTAKES、Gi Gi Giraffe、RAMMELLS、ZA FEEDO、 Nao Kawamura、YOUR ROMANCE、ものんくる
そして、ヒグチアイ。
オファーをかけて、出演してもらった。
何を思い残すことがある。
彼らが活動を続ける限り、俺はこれからもフロアで好きに眺められる。

ヒグチアイという、特別な存在と、直接関わることは多分これが最初で最後だ。それでいい。充分。そのうちまたやりたいことができたらいいな、と思う。それが螺旋階段だとしても、悩まないで済む。それだけの勇気をもらった。そして、その間もずっと、あの人の歌と言葉はお守りでいてくれる。

***

完全な誤算としては、
自分勝手な俺を認めてくれた先輩、直視してくれた後輩、受け入れた同期がいた。

過去は美化される。
もう全て過去のことになった。どう頑張ってもしがみつけない。
でも、いつでも、そこにあるだけでいいじゃない。
あの日、個人的な部分(組織としては、いくらでも反省がある)では、"今"のうちにやり切れたと思えてるな。と思った。その上で、満足できる過去の思い出にできる。
よかった。

大学生になる前の時間からの、大きな節目が、大学生活の大きな節目にもなった。
これ以上何がある。
よくやったぜ。
それくらいは許していいですか。
サンキュー
ありがとうございました。

 

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***

マローネで書いた。
少しだけ涙が出たからママが不思議な顔して見てきた。
先なんて、全然無理そうです。
"まだ" と言える余裕も、もちろんないです。

どうしようもねえな。やっぱり。