Laundry Land

あれこれ

アテンションプリーズ

夏になる前、確か梅雨時だった。
「お客さん、ここはゼップダイバーシティceroじゃなくて、ゼップトーキョーの鬼束ちひろコンサートなんですよ。方角的にいうとあっち。お台場のガンダムの根本にある会場で、ここからは10分くらい。あそこに地図があるから、多分開演までには間に合うと思うよ。」
みたいなバイトをしていて、雨だった。
俺が突っ立ってる入場口から見える自販機のところに、宅配の原チャがブイーンと走ってきて、オカモチと段ボール持った兄ちゃんが降りたままキョロキョロしているのが見えた。
宅配場所が分かんねんだな、と思ってたらやっぱりその兄ちゃんがこっちに来て。
「すみません、ファーストキッチンはどこにありますか」
「うわあごめん、分からないや」
「そうですか、すみません」
ceroの客というのは時間にルーズというか、楽しめればどの位置でもいい、みたいな奴が多くて、俺はそっちの相手もしないといけなかったけど、隙を見て調べてやった。
頭上の大観覧車のちょうど向かいにあったから、近くて良かったね。ありがとう。なんて交わして兄ちゃんは階段を上がっていった。
しばらくして、
「さっきはありがとうございました、これ、よければ」
って、ほうじ茶ラテをくれてまたブイーンと走らせていった。片言の日本語と、暖かいペットボトルが気持ちよかった。
あの時はとても憂鬱な時期で、しかもまだ続きそうな予感があったのに。そんな時に心からのありがとうが久しぶりに言えて、なんか嬉しかった。

あの兄ちゃんはきっと、自分も困ってたかもしれないけど。ワクワクしながらライブハウスに来る客を仏頂面で対応する、覇気のない日本人を励ましてくれるために、あえて俺に声をかけたのかもしれない。
俺の目の前にそんな奴がいたら何ができる?

簡単な言葉でも、その奥の部分を盗み取ってしまう能力に、きっと俺たちは疲れている。

「タコの刺身って食ったことある?ゆでだこじゃないよ、刺身。真っ白でイカより透明なんだ。柔らかくてさ、でも保存が効かないらしいから仕入れてるところが少ないって話も聞いたことがある。今度食べに行こうよ、というかタコ刺し出す店探してよ、俺食べたいんだ。できれば蕎麦屋がいいなあ、寿司屋でもまあいいけど。あ、タコだめ?あ、生もの嫌いか。じゃあしょうがないねえ、ふふふ」

とかなんとか言って、ほうじ茶ラテを差し出せたらいいんだけど。心と体が人間の全てだって言ってたよ。なんつって、オリンパスを貼ってあげたい。オリンパスって違うな、あれはサロンパスか。まあいいや。

実のところは俺がそうしてほしいだけかもしれない。でも最初にそうやって自分の隣に座ってくれる人がいたからそうなんだと思う。

大凶をひいて、濡れた歩道にメロンパンを落っことす人を見てしまったらすかさず、
「ピースの箱には10本しか入らないから、11本目のピースは入るべき箱がないんだ。だけど、人間は決して何かのピースじゃないんだよ。」
って言ってあげたい。
ハァ?って顔をされたい。

そこはメロンパンとほうじ茶ラテセットで差し出してやれよ。

***

って書いてるんだよね。6月の俺。
疲れてたのかねえ。

離陸 (文春文庫)

離陸 (文春文庫)